こんにしわ~~~っす!
この挨拶も残すところ今日と明日のみとなってしまったわ・・・
来年こそ新語・流行語大賞取れるかしらねぇ
今年、振り返るにはツラい事が有ったから、振り返るのはやめようかとも思ったんだけど、証として遺しておくべきことだと思いなおして振り返りを書いてみようと思います。
1月
武漢ウィルスという言葉がテレビから聞こえ始めたころ。
それでも最初は対岸の火事でしかなくて、新年を清々しく迎え、初詣に行ったんだよねぇ
今年も家族全員が健康で楽しく、元気に過ごせますようにと神様に力強くお願いして、神様に守ってもらえると信じてたんだよなー・・・
そして、久々のうるふの
立派なヘソ天に喜んでいた1月
この頃は、まだコロナ云々関係なく、うるふの心臓に負担掛けないように自宅で過ごすことが多い日々でした
そして2月は、おぐ家が長野の帰りに岐阜に寄ってくれるということで
丁度イベントやってたから里山公園に一緒に行ったよー
この時は、シニア&アダルト組は旦那と自宅で留守番で、私とスフレだけで行きました
うるふの病院通いが毎週末になってきて、寒さからうるふを守る為に
肉まんみたいな状態にしてたっけかなー
そして寒さが遠のいてきた3月は、多治見にウーピーさんが出店しに来ていたので、ポテトを買いに行ったり
コロナが本気出してきて、ガセネタを流す輩が現れ始めて
トイレットペーパー求めて右往左往させられたっけ
トイレットペーパーが安定して売り場に並び始めた4月は
お花見は行けないので、病院の前の桜の木を愛でたのみ・・・
そして、外出自粛要請が政府から発表されて
不要不急出かけんジャーで、色んな人と繋がれたんだよね
外出する事は悪と言われていた5月は、本来ならグルキャンの予定だったのに、それが叶わずリモートキャンプでみんなと楽しみました
こうやって繋がることで、このしんどい期間をそれぞれの土地で頑張ってる仲間が居るという事実が、どれだけ心強かっただろうか・・・
外出自粛要請期間は終わったものの、出掛ける事に恐怖を感じ始め
経済も動かしていかないとならない状況ゆえに考えた結果、今度は安全重視で過ごすんジャーとして、各自が安全と思える行動を随時取るという戦隊に変化したんだよね
そろそろお出掛けも少しずつ近場からしていこうと思い始めた6月は・・・
6/28の朝にうるふが一気に調子を崩してしまい、15時過ぎにお空へ・・・
14年と三ヶ月半、うるふだけを生き甲斐にしてきた私
これから何を心の頼りにして生きていけばいいのか、何のために生きないとならないのか、本当に分からなくなりました。
それでも、私がいつかお空に行った時に、うるふに「ママも自分の人生を生き切ったようーちゃんが居なくなってしまってから、ママは○○して、○○して~」って沢山お話ししたいから、前を向いて生きていこうと心に誓ったんだよね。
うるふを失って半年経っても、まだまだうるふの居ない穴が埋まることは無いけど、今日も私は声を上げて笑うし、うるふが私の中、時々スフレの中に居るのを感じてる
さて、ちょっと心がしんどくなってきたので、前半戦の振り返りはここまで
半年も経ったのか・・・と思う人も
まだ半年?と思った人も
今日は1ポチをウルフにお願いします!
これまでも、これからも我が家はうるふ家でうるふTRIBEで
私は「うるふのまま」なのです
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